ブログ開設12周年
今年もウェブリブログ事務局から「祝ブログ開設12周年!」のメールが届きました。
今日は久々に、外国語学習以外のことを書こうと思います。
今日の朝ね、すごく嬉しいことがあったんです。
昨日友達が孫を見に家に来てくれたのですが、そのとき出産祝だけでなく、「これはうさぎさんに」って、小さな包みをくれたんです。どうやら封筒入りのおせんべいのようでした。
そのときはあられの詰め合わせみたいなやつかと思って、特になんとも思わなかったのですが、今朝あけてみたら、でっかいハート型のおせんべいが一枚入っていました。
わたし、思わず泣いちゃった。ぽろぽろ泣きながら食べました。友達の気持ちが嬉しくて。どうしようもなく嬉しくて。
彼女はわたしが最近、精神的に不安定なことを知っている。それで大きなハートをくれたんだな、ってすぐ分かった。
泣きながらおせんべいを食べ終わると、どんより重かった胸がフッと軽くなっていました。
それまで何もする気が起きなかったのだけれど、「さ、今日もラジオ体操やっちゃおう!」と思ってベランダに出ました。ここ最近、毎朝ベランダに出て、外気を吸いながらラジオ体操をすることにしているのです。
これは別の友達に教えてもらった更年期障害の克服方法です。彼女は医学部出身。ご自身もこれで辛い更年期障害を克服したそうです。
わたしもここ一ヶ月ほど続けているけれど、確かに、これをやると確実に気分が上向きます。最初は家の中でやっていたのですが、屋外でやるほうが効果的なことに気づき、通勤途中の人を見ながら、ここ10日ほど、毎朝ベランダでやっています。ちょっと恥ずかしいけどね^^。
そのあと、昨日見つけたスピリチュアル系のブログを読みました。
スピリチュアルってなんとなくうさんくさく、以前は「スピリチュアル」と聞くだけで敬遠していたのですが、これもあるときまた別の友達が、「わたしも悩んでたときがあって、試しにスピリチュアル系のカウンセリングを受けてみたら、それをきっかけに解決の糸口が見えた」と言っていたんです。
そのカウンセラーさんのブログのURLを教えてもらい、読んでみたら、確かに「ああ、そういうふうに考えればいいのか」と腑に落ちることが書かれていて、以来、「スピリチュアル系」というだけで避けるのはやめました。
確かに、「宇宙の法則が~」とか「運気が~」とか「奇跡が~」とか読むと、眉にツバをつけたくなります。全部が全部「なるほど」と思えることばかりじゃない。特に昨日見つけたブログなどは何万円もする開運グッズをいろいろ販売していて、ものすごく怪しい。でも実際、そういう迷信めいたこととは全く関係がなく、ただ発想の転換を促してくれる記事も多いんです。そういう記事を読むうち、自分は「こうでなくてはならない」という思い込みから自由になり、昨日はずいぶん気持ちがラクになりました。
最近覚えたのは、「この人は信用できる」「この人は信用できない」と、人を二つに分けないことです。どこからどこまで正しい人なんかいるわけがない。完全に自分と意見を同一にする人もいない。自分の中にさえ、対立する概念、認識、理念が並行して存在するのだから、まして人は様々。
人生の師と仰げる人を一人見つけ、ことあるごとにその人に従っていれば人生ラクなのでしょうが、そんな人はそうそう見つかるものではない。「ここは違うな」という部分があっても、自分に合うと思える部分は取り入れればいいし、「これは素晴らしい!」と思うものを見つけても、それを隅から隅まで自分に当てはめる必要はない。そうやって一つ一つ、丁寧に選択していけば良いのでは、と思い始めました。
たとえばの話、先のスピリチュアルなブログ主だって食べていかなくちゃならない。そのためには開運グッズを売る必要もあるでしょう。そして開運グッズを買うことで安心する人だっているでだろうから、必ずしも開運グッズが悪いわけでもない。
「あの人は開運グッズを販売しているから信用できない」などという先入観を捨て、逆に「開運グッズを買わないと幸せになれない」と思い込む必要もなく、自分に合った部分だけ取り入れていけばいい。
語学だって「これは良い」と思ったらしのごの言わずにやればいいじゃないですか。「○○式」にこだわる必要はないし、人のやり方にケチをつける必要もない。
わたしはこれまで、自分は柔軟な人間だと思ってきました。
でもこの半年間、いかに自分が頑迷で、融通が利かず、思い込みが強いかを思い知らされました。
「こうでなくてはならない」と思い込んでいることがたくさんありました。
思い込みが不安を呼び、不安が思い込みを呼び、もうがんじがらめ。自分で自分を苦しめている。
もう、一刻も早く、ここから自由になりたい。
それにはやはり、自分とは違った発想をくれる人が必要。
ハート型のおせんべいをくれた友達は昨日、こう言ってくれました。「状況は悪くないって分かってる?」って。
そういう一言がきっかけになる。
良い家族に恵まれ、孫まで生まれて、そして良い友達がたくさんいて。わたしは本当に恵まれています。
こんなに恵まれているのに、この幸せを楽しめないってもったいない。
ありがとう、みんな。本当にどうもありがとう。
わたしを支えてくれる人、わたしを気遣ってくれる人。みんなにお礼を言いたい。
そしていつかまた元気なわたしに戻り、みんなにお返しがしたいです。
過去のブログを振り返ると、昔の自分が考えたり感じていたことから
新たな気づきが生まれたりするものです。
最初に書いた記事は "第一印象" でしたね
http://kiriusa.at.webry.info/200504/article_2.html
2年目は "転居" でした
http://kiriusa.at.webry.info/200605/article_1.html
3年目は "美味しそうに見えるレシピ本リスト" でした
http://kiriusa.at.webry.info/200704/article_1.html
4年目は "アラビア語の愉しみ" でした
http://kiriusa.at.webry.info/200805/article_1.html
5年目は "アラビア語学校の日常 その9 旅路より先に道連れを" でした
http://kiriusa.at.webry.info/200905/article_1.html
6年目は "ボールペンでCDをデコってみた♪" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201004/article_1.html
7年目は "喋ってみてわかったこと1 会話力の3段階" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201104/article_1.html
8年目は "ゼッケン入りランニング★ゲットぉ!" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201204/article_1.html
9年目は "スパニッシモ体験記" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201304/article_1.html
10年目は "ブログ開設9周年" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201404/article_1.html
11年目は "ブログ開設10周年" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201504/article_1.html
12年目は "ブログ開設11周年" でした
http://kiriusa.at.webry.info/201604/article_1.html
ブログを始めてから、あなたのライフスタイルは変わりましたか?
ぜひ、今の思いをブログに記録しておいてください。
後で見直すと非常に貴重な記録になります。
今日は久々に、外国語学習以外のことを書こうと思います。
今日の朝ね、すごく嬉しいことがあったんです。
昨日友達が孫を見に家に来てくれたのですが、そのとき出産祝だけでなく、「これはうさぎさんに」って、小さな包みをくれたんです。どうやら封筒入りのおせんべいのようでした。
そのときはあられの詰め合わせみたいなやつかと思って、特になんとも思わなかったのですが、今朝あけてみたら、でっかいハート型のおせんべいが一枚入っていました。
わたし、思わず泣いちゃった。ぽろぽろ泣きながら食べました。友達の気持ちが嬉しくて。どうしようもなく嬉しくて。
彼女はわたしが最近、精神的に不安定なことを知っている。それで大きなハートをくれたんだな、ってすぐ分かった。
泣きながらおせんべいを食べ終わると、どんより重かった胸がフッと軽くなっていました。
それまで何もする気が起きなかったのだけれど、「さ、今日もラジオ体操やっちゃおう!」と思ってベランダに出ました。ここ最近、毎朝ベランダに出て、外気を吸いながらラジオ体操をすることにしているのです。
これは別の友達に教えてもらった更年期障害の克服方法です。彼女は医学部出身。ご自身もこれで辛い更年期障害を克服したそうです。
わたしもここ一ヶ月ほど続けているけれど、確かに、これをやると確実に気分が上向きます。最初は家の中でやっていたのですが、屋外でやるほうが効果的なことに気づき、通勤途中の人を見ながら、ここ10日ほど、毎朝ベランダでやっています。ちょっと恥ずかしいけどね^^。
そのあと、昨日見つけたスピリチュアル系のブログを読みました。
スピリチュアルってなんとなくうさんくさく、以前は「スピリチュアル」と聞くだけで敬遠していたのですが、これもあるときまた別の友達が、「わたしも悩んでたときがあって、試しにスピリチュアル系のカウンセリングを受けてみたら、それをきっかけに解決の糸口が見えた」と言っていたんです。
そのカウンセラーさんのブログのURLを教えてもらい、読んでみたら、確かに「ああ、そういうふうに考えればいいのか」と腑に落ちることが書かれていて、以来、「スピリチュアル系」というだけで避けるのはやめました。
確かに、「宇宙の法則が~」とか「運気が~」とか「奇跡が~」とか読むと、眉にツバをつけたくなります。全部が全部「なるほど」と思えることばかりじゃない。特に昨日見つけたブログなどは何万円もする開運グッズをいろいろ販売していて、ものすごく怪しい。でも実際、そういう迷信めいたこととは全く関係がなく、ただ発想の転換を促してくれる記事も多いんです。そういう記事を読むうち、自分は「こうでなくてはならない」という思い込みから自由になり、昨日はずいぶん気持ちがラクになりました。
最近覚えたのは、「この人は信用できる」「この人は信用できない」と、人を二つに分けないことです。どこからどこまで正しい人なんかいるわけがない。完全に自分と意見を同一にする人もいない。自分の中にさえ、対立する概念、認識、理念が並行して存在するのだから、まして人は様々。
人生の師と仰げる人を一人見つけ、ことあるごとにその人に従っていれば人生ラクなのでしょうが、そんな人はそうそう見つかるものではない。「ここは違うな」という部分があっても、自分に合うと思える部分は取り入れればいいし、「これは素晴らしい!」と思うものを見つけても、それを隅から隅まで自分に当てはめる必要はない。そうやって一つ一つ、丁寧に選択していけば良いのでは、と思い始めました。
たとえばの話、先のスピリチュアルなブログ主だって食べていかなくちゃならない。そのためには開運グッズを売る必要もあるでしょう。そして開運グッズを買うことで安心する人だっているでだろうから、必ずしも開運グッズが悪いわけでもない。
「あの人は開運グッズを販売しているから信用できない」などという先入観を捨て、逆に「開運グッズを買わないと幸せになれない」と思い込む必要もなく、自分に合った部分だけ取り入れていけばいい。
語学だって「これは良い」と思ったらしのごの言わずにやればいいじゃないですか。「○○式」にこだわる必要はないし、人のやり方にケチをつける必要もない。
わたしはこれまで、自分は柔軟な人間だと思ってきました。
でもこの半年間、いかに自分が頑迷で、融通が利かず、思い込みが強いかを思い知らされました。
「こうでなくてはならない」と思い込んでいることがたくさんありました。
思い込みが不安を呼び、不安が思い込みを呼び、もうがんじがらめ。自分で自分を苦しめている。
もう、一刻も早く、ここから自由になりたい。
それにはやはり、自分とは違った発想をくれる人が必要。
ハート型のおせんべいをくれた友達は昨日、こう言ってくれました。「状況は悪くないって分かってる?」って。
そういう一言がきっかけになる。
良い家族に恵まれ、孫まで生まれて、そして良い友達がたくさんいて。わたしは本当に恵まれています。
こんなに恵まれているのに、この幸せを楽しめないってもったいない。
ありがとう、みんな。本当にどうもありがとう。
わたしを支えてくれる人、わたしを気遣ってくれる人。みんなにお礼を言いたい。
そしていつかまた元気なわたしに戻り、みんなにお返しがしたいです。
