誕生日にあたって

画像


本日3月15日はわたしの誕生日です。
ワーイ、パチパチ、おめでとう~!^^

いくつになったのかな?
エート、1963年生まれだから、44歳くらい??
この年になると、自分の歳を正確に覚えていられなくなります。
確かなのは、40代ってことくらい。

まあ、年齢なんてどうでもいいんです。
43だって44だって、大差ないモン。


でも。誕生日の日付だけは決して忘れない。

というのは、毎年の誕生日はわたしにとって、正月以上に大事な節目だからです。
新しい一年はいつもここから始まる。
それまでの自分の人生を振り返り、さて今年は何をしようかな、と、誕生日が近づくにつれ、
ワクワクそわそわ。

そんな気分にあわせるかのように、三寒四温を繰り返し、
春と冬を行ったりきたりしていた気候はわたしの誕生日を境目に、
一気に暖かくなっていきます。

寒がりで冷え性なわたしにとって、春はまさに、目覚めの季節。
誕生日を迎えるたびに、またオギャア!と生まれなおすような、そんな気分になります。


で、今年の抱負。

今年は、‥いえ今年、文章を書いていこうと思います。
何を書くかはそのときの気分次第、状況次第。でも、何であれ、今年も何かしら書き続けるつもりです。


わたしにとって文章を書くことは、ただ一つ、一生やり続けると決めている仕事です。
これだけは一生、やり続けると決めています。

そう決めたのは、7、8年ほど前のこと。
「この年になってふと気づけば、長く続けてきたことが何もないわ」と友人にこぼしたとき、彼女が言ったのです。
「そんなことないわよ。うさぎちゃん、文章をずっと書き続けてきたよね。若い頃からずっと、書く対象は変わっても、書くこと自体はずっと続けてきたよね」って。

そのとき、初めて気づいたのです。
そうだ、確かに。文章を書くことだけは、ずっと続けてきたな、って。

学生時代はずっと漫画を書いていたし、
結婚して子供が生まれてからは、育児日記をつけてみたり、育児新聞を発行したり。
一冊の本に製本して友達に配ったり。

日記をつけていた時期もあれば、旅行記を書いたり、
公募にハマっていた時期もある。

方向性はまったくバラバラ、行き当たりばったりだけれども、
それでも絶えず、何かを書いていたなあ、と。

だからそのとき決めたのです。
書くことだけは、一生、何があってもやめない、と。

ウェブサイトを始めたのも、文章を書き続けるための枠組みが欲しかったからです。

それに、強くなりたかった。
自分の書いた文章を人に見せることで起こる波紋に動じない自分になりたかった。

自分の書いたものを人をどう思うか、その反応に踊らされることなく、
褒め言葉に踊らされることなく、反論にくじけず、
どんな反応が返ってきても自分を見失わず、
寄せ来る波をあるときは飄々とかいくぐり、またあるときは果敢に乗り越えて、
沖へ沖へと出て行くことのできるような、そんな自分になりたかったのです。


だから、たとえ周りでいくらサイトの閉鎖が相次いだとしても、わたし自身はそう簡単にはウェブサイトを辞めません。これはわたしにとって、書き続けるための大事な枠組みだから。


いろいろ迷ったり、悩んだりはしょっちゅうですが、それはいつも、文章を書き続けるための悩みです。書くことをやめる、という選択肢はありません。

時には自分を甘やかして護り、時にはちょっと冒険してみる。
悩んでもいい迷ってもいい。
立ち止まってもいい、逃げてもいい。

どんなにダメでも馬鹿でも愚かでも、
それでもそんな自分を諦めずに受け止めて、
ふと振り返れば前よりちょっと岸が遠くにみえる、そんなふうならいいのかなと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック